2008年だぁ!
1月1日
昨夜は慣例の年越しを長男睦郎宅で行い、少しシャンパンを飲みすぎたようです。今朝は朝風呂に入り、数の子、かまぼこ、黒豆、金とんなどごく少量をお重に詰めて、形ばかりのお正月料理です。その代わりお雑煮の出しは昨夜から昆布だしをとり、鰹節を思い切り多めに入れて、美味しいおつゆを作りました。息子が9時少し過ぎに出社なので、おとそ代わりにぬる燗で乾杯!久しぶりに吾郎と会話らしい会話をしました。嬉しかったですね。
年末から結構、ゆっくりと時間が過ごせました。映画も『ゼロの時間」『柔らかい手』を見ました。どちらも面白かったです。柔らかい手は心理的にも深くて、やはりこういう映画を作るイギリス人の成熟、というか深さを感じました。お奨めです。
今年は、二つの大学での仕事も終わり、少し時間のゆとりができます。個人のカウンセリング、TAの研究、教育に時間を使いたいとワクワクしています。
昨年暮れに、算命学で私の今後を調べてもらいましたが、私は10年毎、5のつく年から変化をするそうです。そういえば、65からの10年間は、今までと大きな変化があり、外へ出て行く仕事が多かったです。来年の2月2日以降の10年間は、外へ出て行くより、周りが私のほうに来るという運勢だそうです。自分の場所を構えてそこを拠点に仕事をするということを、私も考えていたので、何だかピッタリと合ってしまって、ああやっぱりそれで行こう!という思いを強くしています。
今年1年はその準備期間で、まだまだ外へ出ることが多いと言われました。まったくその通りで、今考えているのは、2月にイギリス、8月のヨハネスブルグ、後は・・・?などです。
身体に気をつけて、今年も楽しく生きて生きます。皆さんよろしくお付き合いくださいね。

1月6日
何だか、また呟きたくなりました。沢山の年賀状を有難うございました。昨年の賀状に、今年で終わりと、終結宣言を書いたので、お返事無用と書いて年賀状を下さる方が多かったです。すると不思議に返事が書きたくなるのですね。これって天邪鬼? 賀状を止めたのはなんとなくコンピューターで印刷された文字が出すほうも貰うほうも味気なく感じてしまったからです。
もう、自分の思いをきちんと表明して生きていっても許される年齢だ!と今年は開き直っています。ズットそうだったと言われそうですが、これでも結構気を使っていたし、いるのです。ハイ・・。
ともかく家の猫たちを見習って、本当にゆっくりとお正月を過ごしました。これが人の生活ですよね。でも少し怠け癖を返上して、ボチボチ社会復帰をしていきます。

4月4日
なんと!2月3月はあっという間に過去になりました。
今日は『子育てに活かす交流分析』という本を共作した東村山市のお母さんたちと、狭山公園でお花見をしてきました。桜の花が満開から散り始めていましたが、充分お花とお母さんたちの手作りのランチを愉しみました。
2月末にイギリスに一人旅をしました。飛行機の切符から汽車の切符、ホテルの予約、全部一人でネットでやりましたよ! どうしてもイギリスのエリックバーン研究所でやっているワークショップに参加したかったので、キッチリ1週間仕事を空けて行ってきました。とっても刺激的で、いい勉強になりました。イギリスが好きになりました。
3月21日からは『人格適応論』の日本での翻訳出版を記念して、私の先生で著者であるVannJoines先生をお招きし、日本交流分析学会で2日間の講演、その後熱海で30名限定の特別ワークショップをしました。これもまた良かったです。その間に鎌倉や深大寺でお花見をして、今年はお花見の梯子で、沢山愉しみました。
いよいよ、来週からは仕事モードに入ります。
月曜日から金曜まで、今までより少し楽かな?帝京平成大学は池袋の心理臨床センターで非常勤で金曜日にスーパーバイザーとして働きます。もう教員ではないので、会議などは出ることもなく気楽です。
そんな訳で、もう少し呟くことをマメにしようと決心しました。楽しみにしてくださいね。

5月1日
今日から5月です。
4月からの仕事やワークショップも始まり、大体の活動の流れが出来たようです。
大学の仕事がなくなり、猫の養育費や私の飲み代の心配で、いろいろな仕事を引き受けドタバタしていましたが、それも落ち着きました。やはり水・木と千葉に行っていたときとは格段の違いです。ゆとりがあるということはなんとも善きです。ナンマンダブ。
連休は暦どおりで、3日からゆっくり書類の整理、猫と遊ぶ、箱根に1泊という予定を立てています。うちの唯一の女の子カーラちゃんが頭の皮膚に肉腫が出来、癌で手術が不能といわれ放射線治療で拡大を食い止めています。左に小首をかしげて、元気にとんで歩いている姿を見ると可哀想です。何とか直したいと、てるみーという煙の出る治療をやってみましたが、煙が嫌いで私が始めると(もともとは私が足が痛くて、始めた治療法です)すっ飛んで逃げてしまいます。マア、甘えん坊になり私が座ると直ぐにひざに来ます。そうすると他の4匹もノコノコ皆やってきて、私の膝に座ろうとして、お互いになめあってご機嫌をとる振りをしながら、領土拡大に専念しています。マア、つくづくそういう時は猫バアサンしているな、と自覚しひと時を寛いでいます。

6月1日
今日から6月です。
6月は6日が夫の命日、26日が夫の誕生日で、夫月間です。もう亡くなって11年経ってしまいました。72歳でした。その年より自分が長生きするとは思っていなかったのですが、あっという間に年上になってしまいました。自分が72を過ぎて、もうこの年には夫はこの世に居なかったのだと思うと、やはり早死にだったですね。まだまだやりたいことが一杯あったのです。残された遣り掛けの仕事、繁田家のルーツ研究の資料を見ると、途中で終わってしまった彼の無念さが感じられます。
5日は息子たちとお墓参り、夜は家族と夫のガールフレンドの美女二人を招き、これまた夫の大好きだったジャズピアニスト澤田さん(通称澤チン)の奥様のイタリアンレストランで夕食です。何だか6月はいろいろと思い出が詰まった行事が多くなりそうです。
忙しさはあまり変わりませんが、ともかく千葉に泊まらなくなって、大学も池袋になったので、気分的に楽になりました。少しクライエントの方に会う時間も増やすことが出来、臨床家としての仕事ももっとやれそうです。

7月20日
もう7月も後半です。
いろいろとありました・・・。

うちのカーラちゃん(うちのネコ見てください。ただ一人の女の子?)が7月6日に亡くなりました。前日お医者さんに行き、癌が転移しているけれど、まだまだ目に光があるし、元気だから食べられそうなものを上げてください、といわれて帰ってきました。分けていただいたペーストの食事を食べ、アガリスクの抗癌サプリメントを頂いて、ずっと私のベットの隣の戸棚で寝ていました。朝4時半頃にゴロゴロといっていた寝息がちょっと止まって,ククという小さい音がしました。猫は死ぬ時にどこかへ姿を隠すという昔からの言い伝えがありますが、マンションの部屋の中では其れもできずに、戸棚の下に隠れるように入って息がなくなっていました。まだ暖かく、でも心臓は止まって何も答えてくれませんでした。今こう書いていても悲しくて涙が出てしまいます。本当に苦しまずに、といっても本人は大変辛かったと思いますが、眠るように逝ってくれて、私にとっては幸いでした。今は小さい骨壷に入って私の枕もとの戸棚の上で沢山のいただいたお花に囲まれて、女王様のようです。

7月は松本での座禅と断食の会、高知県での研修と、結構東京を留守にして忙しい毎日でした。8月のヨハネスブルグのTAの国際会議で、昨年落としたテイーチング部門に再挑戦してきます。会議の後はサファリに行きます。
また報告しますね。

8月24日
毛8月も終わりに近づきました。
いろいろな報告です。

1.TA国際会議と試験
8月4日に日本をたって、16時間の後に、南アフリカのヨハネスブルグに到着。8月7日からの大会の前に、6日に資格認定試験があり、昨年サンフランシスコで残したテイーチングのパートに挑戦し、無事パスしました。これで昨年のスーパービジョンのパートと合わせて、両翼で飛行できるわけです。思えば長い道のりでした。このプロセスを経験することで、TAに関する愛情、興味がさらに深まった感じです。私がこの勉強を続け、教授会員になったことの意味はあると信じています。あちらでOLDEST NEW TSTAと愛情をこめて呼ばれ、いいモデルと称えられ、結構年をとってからの挑戦も、沢山のストロークをいただけ、いい刺激になりました。
これから私がすることは、日本での若手臨床家が本物のTAを学び、国際資格につなげていくか、その具体的な道筋を、仲間たちと一緒に検討し実現に向けて努力をしていくことと考えています。

2.サファリ
10日に試験が終わってから、飛行機で1時間とび、クルーガ国立公園内の
LUKIMBA サファリロッジというところに行きました。ロッジは素敵なアフリカ建築様式のコテッジで、ベットルームに続いて、お部屋に大きな窓に面した滑らかな石のバスタブがあって、窓からは川が下に見下ろされ、お猿さんが木から木に飛び移って遊んでいました。私は一人でその大きなお部屋を占領し、女王様気分でお風呂に入りました。!!食事はまあまあ、ワインが美味しくて安いので感動でした。
サファリそのものは早朝と夕方、2,3時間をジープで揺られていくのですが、ライオン、象、キリン、サイ、バッファローなどに会いました。皆さま、少しだれ気味で眠っているか、静かにのっそりと歩いていましたね。今は冬なので、あまり活動はしていないみたいです。 夕方のサファリの時には、日没の綺麗な丘の広場で、ちゃんとバーカウンターを出して、夕日を見ながら一杯という趣向です。良かったですね。同行したのは私の先生のVann Joines夫妻と、仕事仲間のジョセフィーン・マーク夫妻、フィリッペとルーシーというアメリカTA協会の重鎮たちでした。昔からの知り合いで皆さん楽しく、一緒にいて気持ちのいい人たちです。最後の晩に、私は自分の試験合格を祝って皆さんに感謝の気持ちからシャンパンとワインをご馳走しました。皆が私の合格を祝い、また日本のTAの仲間たちの発展を祈ってと、乾杯をしてくれました。本当に嬉しいひと時でした。生きているっていいな! としみじみ感じる時間でした。

3.帰国して
ボチボチ仕事が始まりました。
23日の土曜日は「ロゴセラピー」の研修会に行ってきました。これがとても面白かったので、今日も事例発表会に行こうかと思ったのですが、おきてみたら結構疲れていたので止めました。「努力しなさい」のドライバーから自由になって、自分に休むことを許可し、こうして書きたいことを呟いています。

観たい映画もあるので、来週は時間を見つけて映画を観ます。また報告しますね。

TAのページに新しい情報も載せました。見て下さい。

9月3日
あっという間に9月です。昨日あたりから暑さがぶり返してきましたね。
段々に日常の仕事に戻りつつあります。
先週木曜日に映画を2品観ました。体の細胞がよみがえった感じです。長く映画を観ていないと禁断症状が起こります。1本は「画家と庭師とカンパーニュ」何だか沁みじみしてフランス映画はやっぱりいいなと思いました。心が疲れているときでも、観て大丈夫です。時には精神を引き締めて元気で行かないと、ダメだ、という映画もあるので、その点安心です。かなり泣けます。もっと安定剤になったのは「ぐるりのこと」、これは最高です。ただ渋谷はレイトショウきりやっていなくて、でも結構人は入ってましたね。リリーフランキーが、ほんとうに等身大に主人公をそのままでした。女優さんも良かった。久しぶりで、きりっとした美女に出会いました。なんでもない日常が、いとおしく懐かしく大切に思えてくる映画でした。
憤慨とボヤキを一つ。
1日の夜に「嫌われ松子の一生」を楽しみに観てました。これまた深い映画です。そうしたら途中で、福田総理の退任会見が入り、そのまま映画は中止でした。いろいろと考えられた末の決断、辞任とは思いますが、どう見ても無責任ですし、そこに「松子」の中断が絡んで、一層怒りが増して久しぶりに怒りテレビに向かって怒鳴ってました。  という最近です。
秋にはいろいろな講座もまたスタートします。あんまり働きたくないなーと、少し南アフリカから帰っての夏休みで、ダラケが続いています。まあボチボチ生きましょか・・
TAのほうに案内がでています。良かったら参加してください。

9月28日
久しぶりにまったく何もない日曜日です!貧乏性で机の周りに溜まった手紙や書類の整理に今まで費やしました。先ほど散歩がてらお使いに行きましたら、人が多いこと!駅周辺を避けて東急本店、文化村あたり、少しは落ち着いた地域に行ったのですが、それでも人が一杯でした。東急本店で東京グリーン作戦のキャンペーンをやっていて、地下で食料品を買ってあがってきたら,一階で観葉植物無料配布100名様とアナウンス、ためらわずに並び折鶴蘭の小さな鉢を獲得してきました。その前に、ご寄付と箱が回ってきて、500円入れたので、まあ原価計算に見合うかと言うところでしょうか。
先週はお腹に来る風邪でダウンしていましたが、ようよう回復。
9月は映画も2本見ましたね。「グーグーだってネコである」「おくりびと」です。
グーグーは前のネコナデがあまりネコが活躍しなかったので、今度はどうかしらと思っていたのですが、充分に活躍してくれました。女優さんたちも自然でリアルで、楽しめました。観ていて、サバ(映画の中の死んだ猫)とうちのカーラ(7月6日没)が重なって涙が出てきて困りました。生きることって本当に一人ひとり違うし、りすくを犯して生きているんだなと、ヘンに思ってしまいましたね。「おくりびと」はまた素晴らしい映画でした。生きることと死、人間の本質的なものを暖かく、ユーモアも交えて描いた監督さんと脚本は素晴らしいと思いました。俳優さんも皆上手でした。納棺師という職業は初めて知りましたが、何か資格があるのかしら?日本でも本当に素晴らしい映画が続々作られるのですね。しばらくは日本映画に集中してみていこうと思います。是非というお勧めがありましたらメールをください。

最近のつぶやきに戻る