2011年
5月11日
恐ろしいことに、今年になって一度もつぶやいていないということです。いったい私の中で何が起きていたのか、自分でもわかりません。非常に自分の中に目が向いて内向的になり、発信する気持ちにならなかった、ともいえますが、単なる怠けでもあります。理由の一つはパソコンが非常に重くなって何をするにも時間がかかり、ホームページを開いてつぶやくにも時間とエネルギーが不足していました。旅をしたり、いい映画を観たり、(「英国王のスピーチ」は感動しました)おいしいお料理を食べたり、素敵な人に出会ったりすると、「ああ、ホームページで呟こう」と思うのですが、実行までにいたりません。ようよう昨日新しいPCが働いてくれるようになって(これもPC鉄人である友人の献身的な援助があってのことですが)ホームページもスムースに動くようになり、呟こうとページをひろげたわけです。これからは気軽に呟いていきます。ぜひまた読んで下さいね。とりあえず夕食の時間で、4匹の猫がPCの周りで動き回っています。では近々に・・

5月13日 金曜日
キリスト教国だったら、ちょっとこだわる日ですね。
なんだか意味なく呟きます。新しいパソコンは本当にすぐに言うことを聞いてくれます。ホームページビルダーのソフトも新しくなり、なんだかとても楽になりました。もっとどんどん呟きたい気分です。 毎日被災地に暮らす方々に思いをはせニュースに一喜一憂、涙と安堵との繰り返しです。今回ぐらい、自分の年齢を情けなく、無力に感じたことはありません。少しでも気持ちに寄り添って苦しさを分かち合うことをしたいと思っても、現地に行って役立つのは今のところ、医療と後は食事、災害の後片付けです。どれもが不適格なのを認識し、今は自分の日々を精一杯つつましく人に迷惑をかけずに過ごしていくことかしらと思って暮らしています。足をさするとか、髪を洗うとか、そんなことでもできればと思いますけど、これも私には無理です。いったい私に募金のほかに何ができるのだろう、と悩むのは私だけではないでしょう。だんだんに落ち着いて時間がたてば、心理職として何かできることがあるのではないかと思っている毎日です。
我が家の猫はみな元気です。長毛のモンテイ、息子のコモンチは毛玉が大きくなってどてらを着ているような状態でしたが、数日前からその毛の塊が取れ始め、今は二人ともすっきり!どてらおじさん猫から、スマートな猫紳士に変身しました。毎年のことなのですが、自然の摂理は面白いです。

6月17日 金曜日
と言っているうちに、6月!梅雨のまっただ中と言う今朝です。
昨日悲しい知らせがありました。私のメンターであった大須賀発蔵先生が5月26日に亡くなられていたのです。先生のご遺志でご家族だけのお別れを済ませ、一段落したとこでのお知らせでした。先生のご本「法華経を生きる」「いのち分けあいしもの」を前に般若心経を心が落ち着くまで唱えました。本当は法華経の中の観音経のほうが適切だったのですが、観音経はまだ空で唱えられないので、とりあえず、般若心経で間に合わせました。先生はきっとびっくりされているでしょう。震災後にお電話した時はお疲れで臥せっておいでと伺い、お嬢様とお話をしただけでした。お元気になられたら、夏にお訪ねしようと思っていただけに、悔やまれます。ただご一緒にいてお話をしているだけで、私の中にあるたくさんの煩悩や苦しみを掬い取ってくださった恩師です。私と同じような気持ちを持たれているたくさんの方々とご一緒に、心から先生のご冥福をお祈りしています。
発蔵先生!ありがとうございました。そしてしばしのさよならです。またどこか、きれいな川のほとりで再会できることを願っています。

これだけ書いて、少し気持ちが落ち着きました。読んでくださった方、ありがとうございます。

さて、近況は先日3日間の座禅断食に行ってきました。今年2月に続いて2回目です。あと
2回今年は行きます。心と体のデトックスで爽快です。昨日池袋のカウンセリングセンターの隣のジュンク堂で「読み解き般若心経」(伊藤比呂美)と言う本に出会い、買いました。読み始めたらその面白いこと!昨日から読み続けています。それで家に帰ってからも本の内容が頭を離れず、ぼんやり考えていたら、大須賀先生の訃報でした。ますます宇宙のめぐりと言うか,生死というか、在って無いとか、哲学モードの私です。と言うことは頭が少しごちゃごちゃしている状態を高尚に表現しているのです。

個人のカウンセリングの間に朝日カルチャー、セスク、TA研究部会などいろいろなところで講義をしていますので、いろいろな新しい方との出会いも楽しいです。
今年はもう少し呟こうと思ってます。

8月21日
いろいろとありました。今日のことから書きますと、いまMilt JacksonとWes Montgomery の古いレコードを聴きながらこれを書いています。とってもハッピーな気分です。夫が亡くなってすぐレコードプレイヤーが壊れ、15年目に修理をしてくれる人が現れ、本日無事に修繕が完了しました。ほんとうに好きなレコードだけ何枚かとってあるので、これから毎日少しづつ聴いていきます。それとレーザーデイスクのプレイヤーの修理もしていただいたので、これも、明日から観たかったデイスクを見ることができます。ワクワクです。こちらはウデイ・アレンのものや、8月の鯨、愛を弾く女、田舎の日曜日、など昔夫と好きで集めたものばかりです。

その前のことを書きますと、7月26日昼間2時に自宅で脳梗塞になりました。突然PCをしていたら右指がしびれ、右半身が麻痺してきたみたいです。自分では何が起こったのか分からず、ただびっくりしてましたら、丁度約束があって来た友人がすぐに救急車を呼んでくれたので、そのまま日赤医療センターに搬送されました。意識ははっきりしていたのですが、右手が動かず、言葉も頭に浮かぶのですがそれを口から言うことができない状態でした。幸い脳外科のドクターが救急にいらして、すぐに3時間以内に使えば効果があるというアルテプラーゼという血栓溶解剤を注射して、それが劇的に効いてまったく後遺症なく、1週間で退院してきました。脳梗塞でした。不整脈でおきた血栓が脳に入って詰まったらしいです。心臓は前から時々不整脈があったのですが、健康診断などではまったく問題がなく、放置していましたら、この始末です。
もうすぐ1ヶ月になりますが、ほんとうに一歩間違えばどうなっていたか分かりません。今まであまりに健康だったので、不遜な自分だったと反省しています。ただ神経質になり、動悸などが気になったり、気力が今一というところです。仕事は夏休みでそう多くはなかったのですが、直近の仕事はキャンセルして沢山の方に迷惑をおかけしてしまいました。今まで丈夫がとりえで、仕事のドタキャンはまったくと言っていいほどなかったのですが、今回はそうは問屋がおろしませんでした。
昨日から涼しくなったので、体調はほとんど元通りです。やはりこの暑さがこたえましたね。
ということで、今までの無病息災から、一病息災になりました。今は血液をサラサラにするお薬を飲んで週一回病院へ通っています。8月一杯は徐行運転をして行く予定です。
というわけで、またキンキンに呟きますね。


8月27日
24日に仕事で福岡に行きました。その日は大宰府の近くの温泉、これがまたとてもいいところで、私はその温泉の名前も良く聞いていなかったのですが、ともかく良かったです。福岡のワークショップを主催した友人に訊いてまたお知らせします。
翌日は一日ワークショップで、熱心な参加者の方がたからエネルギーを頂いて、無事働きました。主催者の方がた、参加者の皆さんのおかげで、思えば九州で初めての、単独に行ったワークショップでした。翌日の朝に飛行機で無事帰宅。午後からは土砂降りで、羽田も大分飛行機が影響を受けたようですが、幸い午前中だったので、家に帰ってから大夕立でした。猫たちは雷の音が嫌いで、皆机の下や戸棚の影に這いこんでいました。

私もこの九州行きで、大分体調が 戻り自信がつきました。やはり薬は安らげる人間関係と美味しいお食事でしょうか。

29日からは安曇野の友人宅に、今度は純粋に静養のためだけに行ってきます。
また帰ってきたら、呟きますね。

9月7日
安曇野の友人宅で楽しんできました。お昼は毎日お蕎麦、友人の友人のお店のおうどんも実に美味しかったです。夜はお魚のお店で食べた金めの煮つけが、なんとも美味しかったです。食べるためにお腹をすかせる必要から、森を歩き、湿原を歩き、健康な毎日でした。帰りに私の同級生の友人が蓼科に来ているので、其処によりました。安曇野の友人とあと2組のご夫婦が2台の車で、ドライブして送ってくださったのです。何たる友情!私のクラスメートの別荘は昔どおりで、学生時代にお邪魔して蓼科湖でスケートをしたことや、みなで赤玉ポートワイン(これを知っている人は物知りです)で酔っ払った話、などなど思い出話はつきませんでした。ノロノロ台風の合間を縫った信州の旅ですっかり体力も回復し元気になっています。今日は日赤の診療日だったのですが、お薬も効いてきたので、受診は1ヵ月後でOKといわれました。
ほんとうに今日は秋晴れでしたね。心も体もすっきりと生きて行きたいと思っています。

9月10日
今日は昔言葉で210日です。丁度今頃が台風の時期でした。今は世の中なんですピーデイで前倒し、台風もせっかちで春からどんどんやってきます。先週の和歌山県、三重県の豪雨被害もすさまじいものです。奥さんとお嬢さんを失くした被災地の町長さんへのNHKのインタビューは、仕事だから仕方ないとは思うのですが、アナウンサーの無神経な物言いにとても腹が立ちました。野田総理も何とか頑張ってほしいですね。ドジョウのと言えば、浅草飯田屋さんのドジョウは美味しいですよ。この夏暑い盛りにドジョウ好きの友人二人と大汗かいて丸なべ(私は柳川)を食べました。浅草から、浜離宮まで水上バスで隅田川を下り、浜離宮のお池に面した亭で抹茶を頂き、夕立にも降られ、楽しい一日でした。友人二人は着物でした。夏の着物は大変ですけど、すっきりと着こなして見事でした。

そういえば、私も着物を復活する予定です。夫がなくなってから、私はもう着物は着ない,と決心して、友人に全部差し上げあげました。母や姑の好みで作ってもらった着物が多く、あまり私自身愛着もなかったし、当時はこれから一人で生きてかなくては!という変な意気込みで着物はまったく関心がなくなったのです。しかしこの2年ほど前から、周りで着物を着る友人が多くなり、また皆凝り性で着付けの先生に本格的に習ったり、すっきりととてもエレガントに着物を着る人が増えてきたのです。それに刺激され、私も復活宣言をして、この秋から着物組の新参ものになります。すでに先輩たちの付き添いの元、着物工房で着物もあつらえました。この秋にはそれを着てみようと今からワクワクしています。

10月2日
お着物再デビューを果たしました!友人のドクターのところで着付け教室、私は新参者としてもう一人の新参の友と共に、そこに参加しました。すべてが新しいものに袖を通し、着付けの先生や友人たちのサポートで、15年以上ぶりに着物を着ました。懐かしい感触で、昔のことがいろいろと蘇ってきました。べテランの先輩方に混じって、あたかもその一員であるかのように、皆でイタリアンでデイナー、まったく着崩れもなく、シャンとして帰宅しました。出かけるときは洋服だったので、猫たちは一瞬あっけに取られたような目つきをしましたね。ほんとうにからだがシャンとして、ああこれが感じたかったのだとつくづく思いました。

そういえば最近、映画を2本観ました。両方とも銀座のシネスイッチで「人生ここにあり」と
「明日のパスタはアルデンテ」両方まったく味は違いますが、味の濃さというか、風味というか、とても深いものでした。是非お勧めです。

好きなことをしている時間が多くなるにつれて、元気回復してきますね。仕事もいろいろと忙しくなってきましたが、私がしたいこと、意味のあることを判断基準に選択して行こうとさらに強く思っています。

10月30日
もう明日一日で10月も終わります。よく遊び、よく働きの1ヶ月でした。家のことで心配事もあり、かなりストレスを感じてはいたのですが、それも無事何とか決着がついてホッと一息です。生きていると何があるか分かりません。日々危険に直面しているのを感じます。知らないということ、忘れるということは、何と私たちを生き易くしてくれるのでしょう。もうすぐ終わりに近づている私にはそれがとても素敵な贈り物のように思えます。
「南極料理人」という映画を恵比寿の写真美術館で観ました。ごはん映画祭というのをやっていて、その中で食が大きなテーマになっている映画を上映していました。「南極料理人」は
是非観たいと思っていたので、念願かない大満足でした。監督さんの人間観というか単なる娯楽映画というより人間性が暖かくユーモラスに描かれて感動しました。
今日は久しぶりに何もない日曜日です。猫のように気に入ったことだけをしようと、ほくほくしています。
今、レーザーデイスクのプレイヤーも直ってきて、レコードプレイヤーも中古が友人が手に入れてくれて、ずっと聴けなかった大好きなMJQやミルスブラザースを聴くことができます。今日はレイザーデイスクで、「ハリーとトント」か「8月の鯨」を観ようと思っています。
こんな時間が一番幸せです。

11月24日
11月は第3週まで、週末は旅回りで仕事をしていました。
22日が誕生日でした。沢山の方からフェースブックやメールでお祝いのメッセージを頂きました。今年は7月に脳梗塞をしたせいか、皆様から一層励ましのエールを頂きました。22日を皮切りに、お誕生ウイークがまだ続いています。ひたすら親しい友人たちと食べたり、一人で「素敵な金縛り」(お誕生日にしては不釣合いかもしれませんが、私は三谷ファンです)を観たり、仕事のスケジュールを少なくして楽しんでいます。
今年はお産後47年ぶりに白内障の手術で半日入院、脳梗塞で1週間入院と、縁のなかった医療との付き合いが多かったです。その他でも身内に心配なことがあったり、結構ハードな歳で、鏡を見ると、ああホントにバーさんなんだ!自覚を新たにしています。現実を認知することはとても大事です。それに囚われず自分らしく生きていくことが、もっと大事だと思っています。
23日夜は私の大切な友人たちが、喜寿のお祝いをしてくれました。1年遅れですが、誰も気にせず、というところが太っ腹というか、呑気というか、ほんとうに楽しい仲間です。今みんな着物に凝っていて、私もそこに新参者として加わり、昨夜は着物で出席しました。帯を結ぶのはまだ一人では難しく、友人の一人が家に立ち寄って手伝ってくれ,銀ブラがてら早めに出かけました。レストランはオイスターバーで、何と11月23日は『牡蠣の日』だそうで、生牡蠣食べ放題という幸運な日でした。一人16個、24個という数を頂き、それからブイヤベース、そのスープでリゾット、というすべてが美味しいデイナーデした。シャンパンと白ワインもトレビアンでした。
今日は上の息子が同じ11月生まれで、毎年合同誕生日を息子と二人でやってました。いつも私のおごりでしたが、今年は息子が嫁と二人で私を招待してくれるそうです。息子の家でシャンパンを飲み、近くのお蕎麦屋さんという趣向だそうです。二人とも蕎麦好きなので、楽しみです。
これで十分にエネルギーをためて、来週からはまた仕事をちゃんとやります。
生きていくということは、いろいろ思いがけないことも起こって、いろいろと大変ですが、周りの人たちに支えられて、好きな仕事も出来て、私はホントに幸せ!です。有難うございました。

12月26日
クリスマスウイークが終わって、ずっときていた赤いトナカイのセーターも今朝は洗濯しました。時間が経つのはほんとうに早いです。
今回はまず悲しい出来事をお話します。カウンセラーで私より二つ年上の友人が一人で静かに亡くなりました。11月はじめに彼女のPCが壊れ、それからはついついご無沙汰でした。それでも電話と葉書の往復が2,3回あったかな?12月4日が彼女の誕生日なので、カードを出してもなしのつぶて、カモノハシとあだ名がついていた変わり者なので一人でぶらっと山にでも行ったのかしらと思っていたら、弟さんから葉書を頂き、11月24日に亡くなっていたことを知りました。死んでも魂がこの世に出入りできるか、なんてことを話しているときに、あれは昭和女子大でのクリスマス、オラトリオを一緒に聴きに行った2009年暮れでした。先に死んで魂がこの世に残っていたら、きっと「おいおい、カモイモ」と出てあげるから、と言ってました。でも何も知らせはありませんでした。カモイモというのは私のことで、カモノハシの妹という意味です。この10年ぐらいの知り合いでしたが、二人で浅草米久ですき焼きをつついておしゃべりするのが楽しかったのです。遠くて深い友達で、二人とも意識して日常での深入りは避けていた友人関係でした。彼女はユング派のセラピストで箱庭が専門だったと思います。私の交流分析にも興味を持ってくれて、講座にも出てくれたこともあります。
今年は、3月の震災に始まり、5月に私のメンターである大須賀発蔵先生、TAの先輩の夫人である諸永澄子さん、そして、12月にカモアネ,川崎孝子さん、と沢山の別れを経験しました。私自身も一歩の差で仲間入りしていたかもしれません。考えると、何で私が生きているのだろう、そこには何らかの意味があるのだろうか、とついつい考えてしまいます。

さて、楽しい話題はなんだったかな?そうそう映画は、もう書いたかもしれませんが、「家族の庭」?だったかな、というイギリス映画と、「サルトルとボーボワール』を観ました。両方ともとても心に沁みる映画でした。サルトルのほうはなるほど、サルトルってああいう人だったのかと結構知らない面がわかって面白かったです。あとは、あまり何もしていないかな?寒いのと、先日左わき腹を痛めたので、早朝のヨガはずっとサボっています。特に月曜日は、日曜日に坂の上の雲、続いて「トンイ」、山田太一が選ぶ日本映画名作と続いているので、どうしても寝るのが深夜になり、起き難いのです。あまり拘らなくても体が赴くままにし様と決めました。他にもあまり無理してお付き合いもしないようにしていました。
明後日は例の同級生の合宿でお台場泊まりです。それから30日はこの5,6年中断していた国府津に友人夫婦と行ってきます。

また今年の大晦日か元旦に呟きますね。

2011年 12月31日
大晦日です。忙しいですか?私はカレンダーの掛けかえをして、数の子の塩抜き、食べたらものスゴーーく塩が強く、慌てて塩抜きをしていますが、明日までには間に合わないくらいの塩辛さです。昨日から最後の行事、5年ぶりに国府津に行って来ました。まったく変わらない国府津館でしたが、大だんな様と呼ばれている簑島先生はご引退なさり息子さんご夫婦と住まわれていて、お目にかかれませんでした。やはり誰もが年を取るのだと実感です。それ以外は、相模湾で取れたお魚を堪能し、今朝は菅原道真公を祭った天神様の出店?神社に参拝、これも以前どおりでした。今まで気がつかなかったのですが、小さな立て札があって、「とおりゃんせん」 の童謡の発祥地と書いてありました。天神様の細道じゃ、はこの天神様だったらしいです。思わず友人夫婦と「ここは何処の細道じゃ、天神様の細道じゃ」と歌っていました。平和な大晦日です。被災地の方を思うと、こんなに平和で楽しくて罰が当たるのではないかと思ってしまいます。ほんとうに尊敬する先生や友を失い、私自身も脳梗塞をおこしたりしましたが、それでも元気に後数時間後には2012年を迎えようとしています。

皆様、私の呟きを読んでいただき有難うございました。また明日からも体に気をつけて私らしく生きていこうと思っています。また呟きを読んでくださいね。皆様のご健康を心からお祈りしています。

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